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Duffelcoatの歴史【第9回】

  • sweetkasisu
  • 5 時間前
  • 読了時間: 3分

第二次世界大戦のアイコン:モンゴメリー将軍と「モンティ・コート」


第二次世界大戦という激動の時代、戦場から生まれたファッションアイテムは数多く存在しますが、その中でも「ダッフルコート」ほど、一人の将軍の個性と密接に結びついたものはないでしょう。イギリス陸軍の猛将、バーナード・モンゴメリー(愛称:モンティ)が愛用したそのコートは、のちに「モンティ・コート」の名で語り継がれることになります。


1. 漁師の知恵から海軍の制式採用へ

ダッフルコートのルーツは、ベルギーの都市デュフェル(Duffel)産の厚手の毛織物で作られた、北欧やベルギーの漁師たちの防寒着にあります。過酷な北海で働く男たちの知恵が詰まったこの服に目をつけたのが、イギリス海軍でした。

19世紀末に海軍へ導入されたダッフルコートには、現代でもお馴染みの独特な意匠が施されていました。

  • トグルとロープ: 凍えた手や厚手の手袋をしたままでも、ボタンの代わりとなる木の枝(トグル)を紐に通すだけで着脱が可能。

  • オーバーサイズ: 狭い艦内や甲板で、軍服の上からさらに羽織れるよう、ゆったりとした設計。

  • 巨大なフード: 海軍の帽子を被ったままでも頭を覆えるサイズ。

2. 「モンティ」が選んだ型破りなスタイル

第二次世界大戦中、モンゴメリー将軍がこの海軍用コートを着用したことは、当時の軍事的エチケットからすれば極めて異例でした。陸軍元帥という高位にありながら、彼は正規の軍服の上に、現地で手に入れた(あるいは譲り受けた)キャメルカラーのダッフルコートを無造作に羽織り、さらに戦車兵のベレー帽を被るという独特のスタイルを確立しました。


これには、単なる防寒以上の「心理的戦略」があったと言われています。 彼は自らのイメージを視覚化することに長けていました。あえて海軍の防寒着や兵士に近いスタイルを貫くことで、「自分は司令部に閉じこもる特権階級ではなく、現場の兵士と共に戦う指揮官である」というメッセージを、前線の兵士たちに強く印象づけたのです。この親しみやすさとカリスマ性が、エル・アラメインの戦いなどでイギリス軍の士気を大いに高めました。


3. 終戦、そしてファッションの定番へ

戦後、大量に余った軍用ダッフルコートは政府から一般市民へと安価に放出されました。1950年代に入ると、イギリスの企業「グローバーオール社」がこれらを買い取り、タウンユース向けに改良して販売したことで、ダッフルコートは爆発的なブームとなります。


かつてモンゴメリー将軍が体現した「質実剛健でありながら、どこか反骨精神を感じさせるスタイル」は、その後、知識人や学生、芸術家たちに愛されるシンボルへと昇華していきました。


Arrive Soon】4月よりEC サイトにて自社ダッフルコートのパーソナルオーダーを承ります。


 
 
 

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