Duffelcoatの歴史【第7回】
- sweetkasisu
- 15 分前
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荒天の甲板を支えた「共用防寒着」という思想
現代でこそダッフルコートは冬の定番ファッションとして愛されていますが、そのルーツである第二次世界大戦時のイギリス海軍においては、洗練された衣服というよりも、むしろ「艦艇というシステムの一部」として機能する堅牢なツールでした。このコートを語る上で欠かせないのが、特定の個人に支給されるのではなく、艦橋(ブリッジ)や甲板に常備された「共用防寒着(Watch Coat)」であったという歴史的背景です。
1. なぜ「個人所有」ではなかったのか
当時の軍艦、特に駆逐艦や潜水艦のような小型艦艇において、居住スペースは極めて限られていました。厚手のメルトンウールをたっぷりと使用したダッフルコートは、保温性に優れる一方で、非常に重く、かさばる装備です。乗組員全員にこれを個別に支給し、各自の寝台やロッカーに保管させることは、艦内の限られたスペースを圧迫し、有事の際の迅速な行動を妨げる要因となりかねませんでした。
そこで海軍が導き出した答えが、「必要な場所に必要な数だけを配置する」という合理的な運用でした。極寒の北海や大西洋で、数時間交代で行われる見張り(ワッチ)任務。その任務に就く兵士が、交代の際に持ち場に置いてあるコートを前の担当者から受け取り、その場で羽織る。この「使い回し」のシステムこそが、最も効率的に兵士を寒冷から守る手段だったのです。
2. 「タフさ」が絶対条件となった理由
不特定多数の兵士が、過酷な波しぶきの中で昼夜を問わず着回す。この運用状況は、衣服にとってこれ以上ないほど過酷な試練でした。誰が着てもある程度のフィット感を得られるよう、肩幅や身幅は非常にゆったりとしたオーバーサイズに設計されました。また、海水を含んで重くなったとしても破れない強固な縫製と、荒々しい扱いにも耐えうる厚手の生地が必須条件となりました。
3. 実用主義が生んだ独特のディテール
ダッフルコートを象徴する「トグル」と「麻紐のループ」も、この共用という背景からその重要性が際立ちます。
着脱の即時性: 凍えた手や、厚手の手袋(ミトン)をはめた状態でも、ボタンのように指先を使わずに開閉できるトグルは、一分一秒を争う交代劇において劇的な威力を発揮しました。
フードの形状: 兵士が被っている制帽の上からでもすっぽりと被れるよう、フードは巨大に設計されていました。これもまた、個人のサイズに合わせる必要のない「共用」ならではの形状です。
膝当てと補強: 激しく揺れる甲板で踏ん張る際、摩耗しやすい箇所には徹底した補強が施されました。

4. 戦場から日常へ:タフさの証明
戦後、大量に余剰品(サープラス)として放出されたダッフルコートは、その圧倒的な耐久性と実用性から学生や労働者に広まり、今日のファッションへと昇華しました。しかし、その本質にあるのは「誰が着ても機能し、どんな過酷な環境でも壊れない」という、軍用ならではの究極の汎用性です。
一人の兵士の体温が残るコートを、次の兵士が引き継ぎ、また海へと向き合う。ダッフルコートのずっしりとした重みは、かつて荒れ狂う海の上で、名もなき兵士たちが命を繋ぐために共有した「連帯の証」でもあったのです。
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